その前後にまで遡る。

聖堂前にようやくアルクェイド達が辿り着いた。

通常であるならば道は単調で苦もなく辿り着ける筈なのだが、聖堂入り口から突風の如く吹き出してくる瘴気が一行の速度を鈍らせ、更に半数以上が負傷者なのも重荷となった。

ようやくの事で到着したが迫に更なる障壁が一行を待ち構えていた。

「・・・なにこれ・・・」

聖堂が納められた洞窟の入り口を緑色の靄らしきものが覆われ、行く手を妨げる。

「何よこれ!」

苛立ったアルクェイドが一撃を加えるがびくともしない。

しかもその靄は洞窟の岩盤にびっしりと密着し下手に引き剥がそうとすれば洞窟そのものを崩壊させる危険すらはらんでいた。

「なにが何でも志貴の所に行かせないつもりのようね」

「これを破壊してしまえば・・・」

「無理よ。見れば判るでしょう。下手を打ったらここが崩壊するわ。そうなったら志貴を救う所か志貴に止め刺しかねないわよ」

青子の冷静な指摘に全員黙り込む。

「悔しいけど今の時点で志貴の手助けになる事は何もないって事よ。待ちましょう、志貴が帰って来るのを。信じましょう、志貴が戻って来るのを」

思いの外静かな声の青子に一堂は頷くしか打開策は見出せなかった。









「潰れろ・・・潰れろ・・潰れろ・潰れろ潰れろ潰れろ!潰れろ!!潰れちまえ!!!」

『凶夜』が俺に止めを刺そうと重力を一気に押し付けようとした瞬間、重力の枷が外れる。

それこそ僅かな・・・一秒ほどだったが十分すぎた。

俺は『凶神』より竜神を具現化、一気に撃ち放つ。

「!!、うげえ!!」

重力強化に意識を集中させていた奴にこれを避けることなど出来ず、直撃を被る。

それでもギリギリで竜神の軌道を逸らしダメージを最小限に食い止めた事だけは見事だが。

どちらにしても俺を戒めていた重力の枷が消え、地面を転がりながら範囲から逃れる。

だが重力の枷を受け続けたダメージは予想以上に大きい。

腹部辺りから発せられる鈍痛から察して肋骨にひびが入っているかもしれない。

この位ならまだ何とかなるがそれより痛いのは脚の方だ。

こっちの骨も多分最悪ひびが入っている。

今まで奴の重力に逃れてきた機動力がほぼ封じられてしまった。

「・・・しぶといな・・・貴様」

「お互い様だ」

再度対峙する、俺と『凶夜』。

もう残された手はただ一つ。

「・・・貴様は俺から『直死』と『極無』を奪うといったな」

「??ああそうだ。その力を用いてすべてに復讐する」

「無理だそれは」

『凶神』を納刀しながらの俺の断言に『凶夜』の怒りが高まる。

「何?」

「お前に『直死』は使いこなせても『極無』は使いこなせない・・・いや、俺にも使いこなせないだろう」

こいつはわかっていない。『極無』の恐ろしさを。

あれはまさしく神以上の代物に与えられた力、そもそも人間である俺や奴に使えるものではない。

あれを数回使ったから判る。

あれの負担を負うのは脳ではない。

それは・・・

「だからお前に教えよう。『極無』を、この力がいかに狂った代物なのかを」

そう言うや俺は眼のスイッチを脳ではなく魂魄に接続する。

同時に俺の眼は『極無』に突入した。

俺の手には『古夜』が握られる。

「ほざけ!そのまま貴様は潰れろ!!」

その言葉と同時に俺の周りの重力が一気に重くなる。

だが、俺は今まさに押し潰そうとした重力の存在を消した。

「!!」

『凶夜』の表情が強張る。

まさか避けられる事はあっても消されるとは思わなかったのだろう。

「無駄だ。もう通じない」

「だ、黙れ!」

重力と同時に異生物を招聘し俺に襲いかからせる。

「無駄だと言っているだろう」

まず重力の存在を消し、それから『八点衝』で片っ端から異生物の存在を消していく。

「!!」

これで奴も察しただろう。

いかに攻撃の手数を増やした所で俺の『極無』は全て消していく事を。

「こ、この化け物が!!」

「否定はしないけど、その化け物の力を欲したのはお前だぞ」

「くっ!!」

罵声に対して冷静に受け答えする俺に『凶夜』は口ごもる。

だが、身体は勝手に動くらしく、次々と重力を重くし、平行世界から武器を招聘したり死霊を呼び出したりして俺に猛攻を仕掛けるが、その存在を悉く俺は消して行く。

「・・・言っただろう。『極無』は人が好き勝手に扱って良いものじゃないし、存在しているものが対抗できるものでもない。諦めろ、ここで決着をつける」

静かに断言する。

一歩近付こうとした時、床が揺れだした。

「??」

「確かにな・・・無念だが俺には貴様を殺す事が出来ねえ・・・だったら・・・この場諸共貴様を葬ってやる!!」

『凶夜』の咆哮と同時に時空の狭間に生まれた空間がひしゃげ始めた。

「俺を時空の狭間に閉じ込める気か」

「そうさ、もはや貴様の『直死』と『極無』は諦めるより仕方あるまい。だがなその代わり、貴様は永久に時空の狭間で出口のない絶望の旅をしていろ。俺はこの身体で復讐を遂げさせてもらう!」

そう宣言して『凶夜』の手をかざした場所が黒い穴が現れる。

あれが脱出口なのだろう。

この距離では『閃鞘』でもギリギリ間に合わない。

奴は脱出し俺はここに閉じ込められる。

状況は俺の方が圧倒的な絶望的な状況だと客観的にはそう見える。

だが、この戦い・・・俺の勝ちだ。

「復讐はさせない」

一言呟くと『古夜』を懐に仕舞いこみ、鞘に納めた『凶神』を抜く。

「お前の負けの理由は『極無』と・・・こいつの力を見くびりすぎた事だ」

両手で柄を握ると同時に具現化させる。

この『凶神』最強の具現化、神々の竜・・・『神竜』を。

俺の身体を『鳳凰』とは桁違いの妖力が包み込む。

そして、『閃鞘』より速く『凶夜』目掛けて低空を滑空する。

奴が脱出口に飛び込み、脱出口が閉じる寸前に俺も飛び込む。

次々と通路も塞がっていくが『神竜』はその隙間を掻い潜り『凶夜』の背後を取る。

「・・・?・・・!!」

そして『凶夜』が振り向き驚愕の表情を浮かべると同時に俺の『凶神』は奴の存在の点を貫いた。

この瞬間に『神竜』と化した俺は時空の狭間を抜け出し、満月の夜空に飛翔する。

「・・・やっと・・・楽になれる・・・」

とそこに声が耳を叩く。

穏やかな静かな声が

見れば奴の・・・『凶夜』の表情は最初の時と同じ穏やかな表情をしていた。

「・・・『凶夜』・・・もとの人格に・・・」

「ああ・・・兄者・・・迷惑を掛けてすまなかった・・・止められなかった・・・知ってしまったから。あいつの負の情念全てを、それを知ってしまったから思わず祈ってしまった・・・思いが成就するようにと・・・愚かだよな・・・俺も・・・」

「・・・『凶夜』・・・」

「でも、これでいい。もうこれ以上こいつが遥か太古の負に突き動かされる必要なんてないんだ・・・そして俺も消え去ろう」

「・・・ああ、長い間・・・本当に悪かったな・・・弟よ」

俺の言葉を聞き笑いを浮かべて『凶夜』は静かにその姿を消滅させていった。

そこから俺は『極無』を封鎖し『神竜』はその姿を崩し、俺を守るように包み込む。

そしてゆっくりと地面に着地すると『神竜』も消えた。

「・・・終わったか・・・」

『凶神』を納刀しながら大きく息をつき静かに呟く。

七夜が遥かな昔から背負い続けてきた負債を全て返し終えた。

無論これで全て終わりではない。

里を見れば判るように『凶夜』の烙印を押され何もかも消された人々の怨念は決して消えはしない。

いや未来永劫消える事はないだろう。

ならば・・・生者の俺たちに出来る事などたかが知れているが・・・

「墓か・・・碑を建ててやらないと・・・」

慰みにもならないだろう。

生きている者達の自己満足でしないかもしれない。

それでも建てよう。

少しでも流した涙の受け皿になるならば。

僅かでも無念が消えるのであれば。

と、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる。

「先の事は先に考えるか・・・」

今は今出来る事を考えよう。

「まずは・・・皆に無事な姿を見せる事か・・・」

静かに笑い、俺は声の方向に歩を進めた。

先の未来に向けて。

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